コミュニケーションは「相手のことはわからない」から始まる
先日、即興演劇家の「りょーちん」とお話ししました。そこで話題になったのが、ASD(自閉スペクトラム症)の傾向を持つ方々が抱える、コミュニケーションのしんどさについてです。
世の中ではよく、「ASDの人は相手の気持ちを察するのが苦手だから、コミュニケーションがうまくいかないんだ」と言われます。しかし、私たちは、ASDの人が壁にぶつかってしまうのは、その人の心の奥にある「強い不安」とも関係があるのではないかと思います。
そもそも、相手の気持ちを察することは、誰にとっても難しいことです。私たちは、実はあやふやな推測や思い込みで動いているに過ぎません。
「正解を言わなければならない」「もし間違えたら、取り返しのつかないことになる」という、それこそ曖昧ですが強い不安。そこに、「完璧でなければならない」というこだわりが重なると、ますます身動きが取れなくなってしまいます。コミュニケーションが、まるで「一回も間違えてはいけない、答えのないテスト」のようになってしまうのです。
りょーちんとお話ししたことが、「相手のことはわからないものだ」という前提に立ってみることです。
相手の心を察して正解を当てようとするのを一度お休みして、「人はお互いにわからないものだ」というスタート地点に立ってみる。相手はわからないけれど、自分のことであればわかる。それならば、まずは自分の感じていることを言葉にして伝えてみて、そのあとに「今のは伝わったかな?」と相手に確かめてみるというのはどうだろう。
この「自分から話し、相手に確認する」というキャッチボールが、実はコミュニケーションの最も安心できる形なのではないでしょうか。
りょーちんのワークショップは、ずっとそんな温かな安心感に包まれて開催されてきました。先日、私たちの「やまびこ村」で行ったワークショップでも、とても心に残る出来事がありました。
普段は人とのやり取りに自信が持てない、ASDの傾向がある女の子が、帰り際に「コミュニケーションが楽しいと感じた」と、パッと晴れやかな顔で話してくれたのです。
彼女が感じた「楽しさ」は、「相手が思うことを察して正しくコミュニケーションする」プレッシャーから解放され、わからない者同士が「今の伝わった?」「そうなんだね」と、手探りで確かめ合う心地よさだったのだと思います。
「わからない」ということは良くないことではありません。むしろ、相手を尊重する第一歩です。わからないからこそ問いかけ、わからないからこそ耳を澄ます。そんな「わからない」を入り口にしたやり取りこそが、息苦しいコミュニケーションを楽しくする鍵になると思います。
察することができなくても、完璧でなくても大丈夫です。
もし、日々の生活の中で人とのコミュニケーションに不安を感じていたり、疲れ果ててしまっているのなら、ぜひ代官山やまびこクリニック、りょーちんと一緒に、新しいコミュニケーションの形を考えていきましょう。
「伝わったかな?」という一言から、あなたらしい、もっと自由で楽しい物語が始まっていくはずです。
代官山やまびこクリニック
院長 千村 浩


